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2007年6月 6日 (水)

1939年6月6日セントルイス号アメリカ海域を追われる「さすらいの航海」(76年英)

この映画を観なかったら知りえなかったであろう、第二次世界大戦直前の忌まわしい史実がドキュメントタッチで語られている。

1939年5月13日、ドイツ客船セントルイス号が亡命を希望するユダヤ人937名を乗せ、ハンブルクからキューバのハバナに向けて出航した。故郷を去る寂しさはあるものの、迫害に耐えてきた彼らは自由を夢見て大西洋へと船出する。しかし、最初からこの航海はユダヤ人迫害への国際世論を配慮したナチスによって仕組まれたものだった。亡命希望者を援助しているというジェスチャアのみならず、混乱しているキューバの国情に乗じてキューバがこの亡命者を入国させぬように画策して、ナチスだけがユダヤ人を嫌っているわけではない、との宣伝に利用するためだった。

5月27日、ハバナ港沖にセントルイス号停泊。上陸許可を願うものの叶えられず、6月2日よりフロリダ海峡を迷走していたこの難民船はアメリカ沿岸警備隊からも米本土への接近・上陸を禁じられ、ついに6月6日、大西洋を引き返すこととなる。この計画に利用されたセントルイス号のシュレーダ船長(マックス・フォン・シドー)はドイツへの帰国を何とか回避しようと尽力する。自らの危険を顧みず、ナチスに抵抗したドイツ人は確かにいたのだ。

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