1934年5月23日ボニーとクライド射殺「俺たちに明日はない」(67年米)
大恐慌下のアメリカに実在したクライド・バロウとボニー・パーカーのカップルを中心とする「バロウ・ギャング」と呼ばれた強盗団の犯罪ぶりと、その末路です。この若きアウトローの物語に青春物語としての輝きがあるのは、彼らの犯罪が庶民が疲弊していた大不況時代のはけ口の役割にもなっていたからです。そして何より、ボニーとクライドにとっては青春そのものだったのです。
刑務所帰りのクライド(ウォーレン・ベイティ)はボニー(フェイ・ダナウェイ)に出会い、いいところを見せようと押し入った銀行は不況のため倒産していた。軽い気持で始まった強盗は次第にエスカレートしていき、仲間を増やしてアメリカ中南部を股にかけ暴れまわり、その名を轟かせることに。彼らにとっての強盗(それによる殺人さえも)は自分たちの生を生きていることの証のようなものだったのでしょうか? 刹那的人生を選んだボニーとクライド。1934年5月23日、ルイジアナ州アーカディアで最期を迎えることとなるのです。二人が全身に銃弾を浴びるスローモーションー映像は“死のバレエ”と称されています。
この映画が製作・公開された時代はベトナム戦争への反戦運動、人種問題や麻薬の蔓延、若者のピッピー現象など、問題山積でハッピーエンドが空々しく、単純明快は嘘っぽく感じられるようになったのでしょう。「アメリカン・ニューシネマ」と呼ばれる新しいスタイルの映画が次々と登場することとなるのですが、この映画はその先駆けとなったエポック・メーキング的な意味もある作品です。また、ボニーとクライドの事件は州を越えての犯罪捜査の必要性が証明され、FBI設立(1935年)の強力な後押しとなったそうです。
ボニー=フェイ・ダナウェイには熱い思い入れがあるのですが、とてもここでは語り尽くせない。
| 固定リンク

コメント