1868年4月25日新選組局長近藤勇処刑「新選組」(70年三船プロ)
試衛館道場で剣を学びし若者たち、上洛する将軍様をお守りするぞ、と燃える思いを胸に、1863年春、京に到着。いきなり擦った揉んだがあったものの、京都守護職会津中将松平肥後守様御預り・新選組となり、京の町の治安維持に勤めた(=「壬生狼」と蔑まれつつも、倒幕を画策していそうな不逞の輩を叩き斬った)
青雲の志とか、揺るぎない信念とか、友情の固い絆とか、損得勘定のない義理堅さとか、一途さゆえの無謀さとか・・・「幕末動乱期に咲いた徒花」と言われる要素の新選組に惹かれる者にとっては、この三船プロダクションによる三船敏郎のかっこよさ満開で制作された『新選組』の近藤勇は出来すぎていて聖人君子ぽくって、ファンにはなれないけれど、人間的な泥臭い部分をろ過していったらこんな風になるのかな、と思った。 2時間の中によくもこれほど、と思えるぐらい新選組の主なエピソード(見せ場)が盛り込まれている。(この映画では芹沢鴨を演じる三國連太郎さんがいいです)
短い間ではあったが「武士になる夢」を実現させた近藤勇は、明らかに負け戦である戊辰戦争で甲陽鎮撫隊を率いての出兵を命じられ、武士の義を、己の誠を貫いた。「新選組局長としてのとるべき責任」だとして、逆賊の汚名を着たままの斬首刑(切腹は許されず)を受け入れた。1868(慶応4)年4月25日、板橋にて公開処刑、享年35。武士以上に武士らしい最期だった。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)

最近のコメント