1955年3月12日チャーリー・パーカー逝く「バード」(88年米)
小鳥がさえずるような技法でアルトサックスを演奏することから「バード」の愛称で親しまれた天才黒人ジャズ奏者チャーリー・パーカー(フォレスト・ウィティカー)のこの伝記映画は、彼が自殺未遂を起こし病院へ運ばれる1954年9月1日から始まる。波乱万丈の物語が展開するのかと思えば、麻薬とアルコールで早めに人生を終わらせてしまったジャズの申し子、のようなスタンスで描かれていて、後の方からズシリときました。
デフォルメされたフレーズ、三連音符の多用、ユーモアのセンス、オフビートなどを特徴とするモダンジャズ「ビーバップ」をアフター・ジャム・セッションの中で仲間たちと確立したチャーリーは、「ビーバップは若者を堕落させる」とラジオ局から締め出されたりするが、時代が新しいものに追いつかない、ということはままあることで、尊敬されている立場でもあったし、活躍の場もあった。依存症の悪循環にはまってしまったチャーリーは、本人も周りの人々も妻(ダイアン・ベラーノ)さえも死を覚悟している。ディジー・ガレスピー(サミュエル・ライト)は「俺は改革者、お前は殉教者。人は殉教者を尊敬する。お前の過去は水に流しいつまでも讃える」とすごいことを言っている。
入院を拒んでいた彼は1955年3月12日、現場の検視官によると「推定死因、心臓麻痺。推定年令65」、実際は34歳の生涯を終えた。この映画のチャーリーは自分の才能というものを全く自覚していなかったように思えるのだが・・・
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コメント
早速見ました。丁寧に書かれてますね。映画の好みが私と同じことに、何やら安心感がありました。とりあえず、ざっと読んだだけなので、後でゆっくりと全部読ませてもらいます。まずは、ファンの一人として報告まで。
投稿: 広川コロンボ | 2007年4月14日 (土) 22時46分